2024年01月28日

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

信州調査隊が行く~の、スピッツ隊長です!  (`・ω・´)ゞ

ブログ記事にしようか迷いましたが、差し障りのない範囲で自分の備忘録として載せておきます。

先週、能登地震の被災地「輪島市」に支援要員として派遣され、避難所の運営補助、救援物資拠点の整理や避難所への運搬等の業務に従事してきました。
輪島へ向かう途中、氷見市あたりから屋根にブルーシートが張られた家が散見され、七尾市に入ると、倒壊したり傾いたりした家が現れ始め、道路も段差や亀裂が目立ち始めます。
穴水町に入ると、倒壊した家屋が数多く見られるようになり、さらに穴水から輪島へ向かう山中では、道路が半分落ちてしまったり、道路の割れ目に自動車が落ちていたりした他、山の斜面で地滑りが起こっていて、家屋が流されていたり、道路沿いの斜面が崩落して家が潰されていたりと、徐々に被害状況がひどくなっていきます。
輪島の市街地に入ると、信号機や電柱が斜めに傾いた状態が続き、古い木造家屋はほとんどがぺちゃんこに潰れていて、テレビの映像では見ていましたが、かなりひどい状況にショックを受けました、ほんと、ひどい有様です。

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

先週はちょうど寒波が到来していて、ほぼ毎日吹雪いていて北陸らしいどんよりとした空模様が続き、時折青空が現れる瞬間がうれしかった。
海沿いなので風が強くて、長野ほど気温は下がりませんが、気温よりも体感温度はかなり低いです。

自分は輪島市役所の一室を拠点に各県から集まった皆さんと一緒に、避難所の運営支援や物資の仕分け、搬入、環境整備をメインに行い、さらに物資拠点となっている2か所を訪問して連絡調整したりと、毎朝7時頃から夜10時過ぎまで業務に従事していました。

市役所は数年前に本庁舎が新築されたばかりで、建物は地震の影響はあまり見られず使用できましたが、庁舎周りの入り口や駐車場はひび割れや所々隆起したり陥没していたりと注意が必要な状況。
電気は通っていて、トイレも使えましたし、Wi-Fiも持参していったので通信もなんとか使える状態でパソコンでの業務も普通に行えます。

市役所から避難所や物資拠点に向かう時に車で移動するのですが、街の中、何処へ行っても倒壊した家屋が多く、マンホールがなぜか1mくらい飛び出て並んでいる個所もあったり、路面も傷んでいてすごい状況でした。

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

上の画像が市役所、下の画像は物資拠点の一つで、自分が宿泊していた輪島文化会館の建物です。
文化会館は電気が使えず、避難所としては使えないらしく、物資拠点と支援者用の宿泊所として利用され、自衛隊のみなさまと一緒でした。
ここはは電気が通じていないので、真っ暗で寒いです。
業務を終えて夜遅くにここへ移動してくるのですが、灯りが無いので持参したライトで暗い階段を上って部屋へ向かい、灯油ストーブを点けて暖を取りながら、寝袋とマット、衣類にホッカイロを貼って眠りました。
市役所の作業場所でそのまま寝ることも出来ますが、やはり寝袋の雑魚寝です。

市内は未だ断水が続いてますので、当然、入浴は不可なので、毎日、持参したドライシャンプーで髪や頭を拭いたり、大判の身体拭きシートでササっと身体を拭くぐらいしか出来ず、寒いので適当に済ませてあとは朝まで爆睡です。自分は何度も車中泊を経験しているので、寒い中での寝袋は慣れてます。(笑)

避難所の皆さんは、自衛隊が用意したお風呂が離れた場所に1か所あり、移動の手間はありますが、交代で入浴できるようになっています。ただし入浴時間が短く、順番も限られているので、避難所内にもシャワー設備を導入して交代で利用していただきました。 シャワーを浴びた後の子供のうれしそうな顔は忘れられません。

食事は、支援要員は朝、昼、夕と市役所のデスクで。
ありがたいことに電気ポットが使えたので、お湯を沸かしてアルファ米とレトルト食品を組み合わせて、朝昼晩と3食いただきました。

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

アルファ米は思っていたよりも美味しく仕上がり、レトルトのハンバーグやカレーと合わせれば、しっかりとお腹いっぱいになります。
ただ、これが続くと野菜不足だし、ビタミンとか食物繊維が不足するので、体調管理は難しくなりますね。

避難所では炊き出しが入っていて、さらにキッチンカーも回っていただいたので、避難所の皆さんには温かいご飯を3食いただけるようになっていたので良かったです。

自分の担当した避難所は大きな建物なので、やっぱり冬は寒いんですよね。
さらに地震で建物に20cmほどの亀裂が出来てしまった箇所があり、トイレとシャワー設備の近くで、隙間風が入ってとても冷える状況でしたので、医療福祉チームから塞いでほしいとオーダーが入り、資材なんか無いので、断熱マットや段ボールなど、あるものを使って天井から壁、床と目張りをしたり、廊下が天井から床まで、すべてガラス窓でやはり冷えるので、半分から下の部分に毛布を張り付けて冷気を防いだりと、校舎の応急措置的なことも行いました。

こんな日々の繰り返しであっという間に期間終了して帰ってきましたが、今でも避難所の様子が気になってしまいます。
次のメンバーに業務を引き継ぎ、それを繰り返して避難所支援は今も続いていますが、被災者の皆さんの行き先が希望通り進んで、落ち着いて過ごせる普通の生活が一刻も早く訪れるように願うばかりです。


(装備一例)
派遣が決まってから、当初は、自分のものは全て自分で持参していくと聞いていたので、事前にアルファ米やレトルト食品を買い込んで準備しました。 山登りをする自分は、モンベルのお湯を入れて3分で仕上がる「リゾッタ」という商品の評判が良いのを知ってましたので、それを準備していきました。また、スーパーやドラッグストア、百均を回って、コンパクトで温めなくても美味しく食べられそうなレトルト食品や、おやつも用意していきました。
が、行ってみたら、職場でも水の他にアルファ米やレトルト食品、フリーズドライ味噌汁なんかを用意してくれてあって、結局はみんなと一緒にそれをいただいていたので、持参品はほとんど使わず・・・余ったリゾッタは、また山登りの時にでも持っていきます。

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

寝袋も職場で用意していただきましたが、自分でも薄めの封筒サイズのものを持参して、広げて掛布団代わりに使用、これだけで寒さ対策はかなり違います。
貼るカイロは必需品、これがないと普通の寝袋では寒くて、朝方が特に辛くなりますよ。
ドライシャンプーはスプレー型が主流ですが、手袋型だと頭皮までしっかりと拭けるのと、髪が必要以上に濡れないので寒いときに良いです。
身体拭きシートは大判サイズが良いです、自分は間違えてクール用を買ってしまったので、夜も朝も冷えてしまってこれは失敗。(笑)
避難所も支援する方も、コロナ、インフル、ノロの感染者が出ていて、マスクや手洗い消毒等も必須の持ち物でした。

【被災地支援】 輪島市から戻りました。

ちょっとご報告のつもりが長文になってしまいましたが、復旧、復興に向けてはまだまだ時間がかかりそうです。
今後また現地の支援用務で行く機会があるのかは分かりませんが、今回の用務で移動途中の状況は確認できましたので、自分でも何かできることがあるのか考えてみたいと思ってます。

なお、復命用に現地の画像はいくつか撮ってありますが、ここでは掲載を控えさせていただきます。(報道で見るとおりの状況です。)





Posted by スピッツ隊長 at 05:30│Comments(2)支援・応援
この記事へのコメント
スピッツ隊長さん、おはようございます。

お務めご苦労様です。
このような現地での様子を、お伝え下さり、
貴重なお話、ありがとうございます。
個人では、被災地に気持ちを向けたり、
僅かながら、支援金をと思いました。

いざと言う時の為に、備えて置きたいものを、
教えて下さりありがとうございました。
Posted by Jelly.Jelly. at 2024年01月28日 08:23
jelly さま
おはようございます。
テレビの報道で輪島の状況は観ていましたが、直接見るとかなりショックな状況で、胸が痛み、気持ちもかなり動揺しました。
地震から3週間が経ったところでの訪問でしたが、街の様子はほぼそのままで、住めるお家にようやく電気は点き始めたものの、断水の影響がかなり大きいです。
力不足ですが、少しでも避難者のご要望に応えたいと思いながら精一杯、任務にあたりました。
Posted by スピッツ隊長スピッツ隊長 at 2024年01月28日 09:06
 
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